DIARY NEW

3月11日 ハレとケとケガレとカミ。

dommuneやばいな。非常にやばい。街頭テレビに群がるように、みんながustreamの前でなにかを「共有」する時代がきたんだよ、おととい。こえーよ!毎晩こんなにクオリティの高いプレイを中継されたら音楽の楽しみが偏っちゃう。じゃあ観るなよって言われてもやっぱり気になる心の弱さよ。
 クラブシーンはそもそもアメリカのマイノリティたちのハレの場として生まれた(海外ではディスコテークって呼ぶのかな)。毎日がハレだったらケもケガレ(日常におけるエネルギーの枯渇)もやってこない。循環モデルが成立しないんだ。毎日のように音楽に舞い踊って成立してる文化もあるけど、日本の大部分ではそうじゃないよね。日本人が音楽に舞い踊る日がきたとして、それがモニターの中の享楽の音楽なのかっていうとそれも寂しいじゃん。ustreamにものすごい可能性を感じてるだけに、音楽の持つポテンシャルを狭めてしまう危惧がある。要するに面白すぎて危険だこれは。麻痺しちゃダメだ。

新井満の「千の風になって」に盗作疑惑。南風椎っていう文筆家・編集者が、もともとは自分が翻訳したって主張しとる。見比べてみて何とも言えないが、無題の原詩から「I am in a thousand winds that blow」ってフレーズを拾ってタイトルにするのは確かにかぶりすぎ。新井満のもっといかんところは酷いメロディをつけて歌にしたことだ。音楽的に気持ち悪いぞ。さらにいかんのはパブリックドメインの原詩から「千の風」を商標登録して酒や洗剤や化粧品を売ってることだ。原詩は詠まれるシチュエーションによっては素晴らしいと思う。

ところでOS Xが出てきて9年たつわけだが結局OS9の方が使いよかったんじゃね?

3月10日 楽しいことだけ知りたいね。

ハイサイっ!

知り合いにまつきあゆむさんの活動がいかに面白いかって話をしたら、即効で権利の話が返ってきてげんなり。面白さよりそっちかよ。まつきあゆむさんやRadioheadや、ネットを使った表現活動に意欲的なミュージシャンは、権利について勉強して相当な覚悟をもってやってる。それはリスナーとして音楽に触れてきたからいまがあるし、その喜びをシェアしたいと考えてるから。
 アジアは著作権の意識が遅れてるって言われるけど、著作権って考え方は西洋で印刷機の誕生と共に生まれたもので、東洋ではもともと表現に対してオープンソース的な考え方をしてきたんじゃないかと思う。荒俣宏が言ってたんだけど、印刷機の登場と共に著作権ができたなら、インターネットの登場と共に根本から考えなおさなきゃねって。音楽業界はお先真っ暗って話は聞き飽きた。とりあえず現行法の中でどんだけ楽しいことできるか考えようぜ!

きのうのdommuneのustream DJ超よかった。「これはもう空間とか超越したフェス(いとうせいこう)」。「明日普通に学校あるのに、なんか眠れなくなった。中学でdommuneやばかったよねー!!とか話せる友達ほしいよ(将来有望な中学生)」。4500人が聴いてたのか。キャパ的にはageHaだよね。でも箱にいたのは15人だって。モニターの前のわたしも伝説に立会った感あるぞ。明日からの顔ぶれも楽しみ。ここ数週間でustream驚異的に進化してる。2010年は世の中がもの凄く大きく動く年になる。

【追記】 その一方で柴犬がじゃれあってるustreamが3000人のViewerを集めてる。私も観てます。Young Marble Giantsが来日するかもっていま何世紀だよ!私も行きます。

3月9日 もういくよ、でもいくよ。

いまいくよ。くるよ。こないよ。わたしはホッチキスを止めることとカップルを作ることにかけては天才級だが、友達同士がカップルになった時のコンポジションの変化に対応できない。云々。
 平日夜明け前の漫画家さんタイムラインが好き。漫画家さん同士って仲いいんだな。でもそれぞれ孤独な職場で仕事して、twitterの距離感を楽しんでるの。

忌野清志郎お蔵入りアルバム「Baby #1」。追悼商売は嫌いだけどこれはいいアルバムでした。元の演奏はもちろん、仲井戸麗市と梅津和時を中心とした2010年の追加セッションに並々ならぬ想いを感じた。天国の清志郎に「やるね」って言わせたい、清志郎のアルバムとして恥ずかしくないものにしたい。Laura Nyro「Angel In The Dark」以来の名追悼アルバム。
 mitoさんがtwitterで音質について語ってる。微細な音の輪郭も渦を幕るような大音量も、ちゃんと聴かせるにはコンプレッションに頼りたくない。でもCDの16bitの容量では難しいから24bit 48KHzのwav音源を配信したんだと。確かにコンプレッションされてない小さな音のCDは、素人の耳では不安に感じることあるなあ。

3月8日 言葉にできない。

「言葉にできない」っていつの間にか小田和正の代表曲になってるね。わたしの音楽への目覚めってどれか確定できなくて、ポンキッキで流れてたBeatlesかも知れず、亡父がかけてたアメリカンポップスかも知れず、授業で聴いたトルコ行進曲かも知れず、児童会館でかかってた冨田勲かも知れず、でもOff Courseはそのひとつとして確実にある。小田和正がBill Schneeと組んで作った2枚のソロアルバムが好き。最近のは全然面白くないですが。
 最近日記がおざなりだ。書き物ができない。人と会う機会が増えて言葉のリソースがリアルな交流に使われてるんだよ。きのうはtwitterで知り合った2人の素敵ガールと飲み。楽しい夜でした。ああ二軒目のセレクトについてはスマンと申し上げたい。しっかしわたしは20年前から女子2人と3人で飲んでる気がする。ガールズトークに入ってく方が自然で楽なんだ。脳の仕組み的にそうなんです。そんで「お姉さんいると思ってた」って言われるデジャヴ。「デジャヴ」って文字では書くけど発音に自信がないから口では言わない。

Mark Linkous≒Sparklehorse自殺。深いノイズの向こうから聴こえてくるかぼそい歌声はスタイルとしてのポップスじゃなかったが、瞬時に人の心に訴える力があった。大好きでした。

3月6日 メガネ(破損)男子。

オイーめがねのつるが折れちゃったよ。一本目は先月、金属の経年劣化で。二本目は今さっき、起きたら暗かったんでやべっ遅刻だっボキって。いま午前3時な訳だが。待ち合わせまで14時間あるわけだが。のび太みたいに眼を3にして出かける。

3月5日 飽食系男子。

ごはんて食べるとなくなるから不便だよな。かといって食べないとお腹が減るから不便だ。生き物は何億年もこんなばかばかしいことしてきたのか。

3月4日 酸蝕歯の日。

今日3月4日は、全国的に酸蝕歯の日だそうです。おめでとう。しかしなんにも書く気がしない日もあるものだな。昔は文章書くのほんと苦手だった。宿題の作文とか感想文とか提出しないの。そういや中学に偉い経済学者が講演に来て「経済について興味を持ってくれた人は考えを書いてください」って、僕は興味を持たなかったんで書かなかったんだけど、書かなかったのは全校生徒750人中1人だって大騒ぎになった。偉い学者が来るなんて、学校あげての大事件な訳で。
 いまでもパソコンじゃないと書けないです。手書きとは脳の言語野の使うところが違うんじゃないだろうか。手書きだと文章が出てこない。もっと前に、書きたいテーマが出てこない。インプットする情報の量や質も違うしね。もちろん校正しやすいとかいう機能的な部分もあるよ。逆にノートに落書きしててふと思いつくこともあって、うーん最近 紙って使ってないな。なんだかんだで随分書いたな。

3月3日 oranges and apples.

Trashcan Sinatras観てきました!またしてもタイムラインで来日を知ったぞ。最近アンテナ偏ってる。渋谷はちょっと苦手(for JASRAC)、久しぶりに街に出るんで買わなきゃなものがいっぱいあって、人混みにほとほと疲れてスタンディングはきつい。と思ったらQUATTROに椅子並んでる! カウンター席も空いてる! QUATTRO歴20年で初めてカウンターに座りました。えっみんなトラキャン観ないの?ライブの告知って難しいのかないま。
 始まった。サポートのアコギとキーボードの長いインプロが気持ちいい。やがてメンバー登場。ドラムレスでカホーンかよ!アコギ3本はいらねーだろ!集中力ねーなー!と思って観てたんだけど、そういうスタイルのショーなんだね。アコースティックでリラックスして。こういう時にお客さんもリラックスするのは難しいけど大事だ。枯れた音やコテコテの音も好きだけど、わしはやっぱり瑞々しいポップスでキュンキュンしたいんじゃ!

トラキャンつくづくいい曲ぞろいです。Francis Readerの透明なボーカルに絡む美しいコーラスワーク!間奏にGeorge Harrison「My Sweet Load」なんか挟んじゃう遊び心!神経質に音を組み立てていくバンドってイメージだったけど、あーお茶目な側面を垣間見たな。Francisが客席からリクエストを受け付けて、歌い出してからあっ俺入るやって袖から出てきてアンサンブルが始まるルーズさ。スマイルアフタースマイルな、夢のような時間であった。客電ついてもアンコールの拍手は鳴りやまなかった。
 それにしても我が家に現存する唯一のズボンに猫がうんこした。ちょっと臭ったと思う。両隣の見知らぬガールズには心よりお詫び申し上げたい。フジロックのチラシもらった。知ってるバンドを観に行くのがサマソニ、見知らぬ才能に「お前だれだよ!」って突っ込みながらクラクラ撃ちぬかれるのがフジだ。ぱっと見サマソニの方が豪華なのはそういう訳。

新幹線「はやて」がなくなって新しい愛称を募集しとる。「はやい」がいいな。その次は「まじはやい」だ。新幹線まじはやい。「はらへ」もいいな。新幹線まじはらへ。そんで誰か岩合光昭写真展「ねこ」行かない?猫写真は見飽きたし撮り飽きたが、岩合光昭さんの撮る猫には興味がある。

3月2日 酒と煙草とレコードと(ネットとモテ)。

きのうから今日の夜明け前まで常盤響さんのustream DJ聴いてました。ソフト&メロウな感じですげー気持ちよかった!
 【画期的1】繋がない。ターンテーブル1台しかないから繋げないし繋がない。【画期的2】本人顔出し。酒飲んだり煙草くわえたり、ときどき隣の部屋に消えたり、ミュージックフリークの無防備な独り遊びをみんなが観てる不思議。本人のtweet見たら、これはテストで次からはちゃんとセッティングしてやりますって、いやいやちゃんとしない方が面白いですよ。真似したいけどこれ常盤響さんだから絵になるんだよね。選曲のセンスのよさ、常盤さんのビジュアルと存在感。私がやったらただのおっさんがモタモタしてる絵になる。猫がターンテーブルの上歩いてスクラッチとか勘弁だから。

3月1日 絶滅危惧種としてのtokyo shynessとnipponia nippon.

唐突だが。地方の方は地元の素晴らしさと過疎を声高に叫ぶけど、東京シャイネスたちは鼻息荒い地方出身者に怯え、駆逐されていく様を叫ぶ機会がなかなかありません。長渕剛の「死にたいくらいに憧れた花の都大東京」的な汗臭さ。東京の人は怖いとか野心家だとか言われるのは本当に残念だ。それ東京の人じゃない。そしてここはもう東京じゃない。ディスるなら来るなよ東京に!お前らが壊したんじゃ!と言いたい。細野晴臣が「Tokyo Shyness Boy」を書いた時も、ユーモアの影にやるせなさがあったと思う。
 もちろん地方が悪い訳じゃない。地方にオリジナルな産業と文化が根づいて欲しいと心から思います。それが廃れたのは集団就職→高度経済成長の歴史で、やがては「壊された東京」を模倣した箱物行政がはびこった。そして東京シャイネスは、東京から少しはなれたところへ住みはじめてゴメンゴメンゴメン。

唐突だが。日本ていう国が抜け出せない悪循環から逃れるために、「男の仕事」が絶対で夢だけ見てればよかった高度経済成長期の歪んだ高揚感を求めてる空気を感じる。そこに女性の人格はない、あるいは人格の存在さえ気づいてない。男性「らしさ」や女性「らしさ」を強要したり演じたりするのは嫌いなんだ。私は男だけどメソメソ泣くし、極端なフェミニズムにも違和感を感じる。こんな海に閉じ込めよう、男性と女性とを。
 思い出すのはBeckii Cruelを前にヲタ芸を繰り広げる映像だ。Beckiiを完璧無視して踊りに没頭するヲタどもと、Beckiiの死んだような眼。ヲタどもに代わってほんとスマンと申し上げたい。女性にどう接していいかわからないから自己完結の祈祷をするけど、「神様」には届かない。それは童貞だけじゃなくて、不安を打ち消すためにむさぼるようにセックスして、その快楽を宗教的に解釈するクラスタがいることを最近知った。

愛する異性を不器用なりにも大事にすること。人格を認めて自分も心を開くこと。相手も悩み苦しみながら生きる人間で、「神様」じゃないと気づくこと。

  

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